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2015年10月28日 (水)

スコアアタックについての考え

ユーチューブのドルアーガの塔のある動画に「ノーミスは148万、残機潰しは153万が限界」とコメントされていた。それを信じると先日達成されたドルアーガの塔151.9万(たぶん3機潰し)は、完璧なノーミスの上に完璧に残機を潰した理論値に限りなく近いスコアだと思われる。

残機潰しについては主に二つの考え方があるようだ。
一つは潰しをよしとせず、ノーミスを至上とする人。プレイに美しさやある種のこだわりを持っているのかもしれない。
もう一つは最高得点を出すには潰しは辞さないと考える人。こちらはスコアラー的な思想が染み付いているのかもしれない。

私は後者である。残機潰しは嫌いだが後者だ。
理由は最高得点に最も注目が集まるからである。

もし私が他人の注目を気にしない人間なら、ツイッターやブログにわざわざスコアを写真付きで載せない。不特定または特定の人に見て欲しい、あるいは評価して欲しいからそういう行動を取るのである。
それを「ただ自己満足でやってるだけ」と誤魔化しても、公の場に自らの意思で“成果”を晒している以上、承認欲求に飢えていることは否定できない。

R-TYPEで残機潰しを省くと最高140万点しか出せない。
もしそれを叩き出しても、後で誰かが150万点程度の中途半端なスコアを出せば、リザルトにはその“中途半端な150万点”がトップに表示される。ノーミスや美しさなどは全く勘案されない。
また配信のように多くの人が視聴する状況では、(Heyの話だが)低得点のスーパープレイより内容は劣っても高得点のプレイに関心と賞賛が集まり、継続的に語られるのもそういったプレイである。

…納得しにくいものがあるが、それが一般的な見方だろう。
それでも俺は納得できない、美しいプレイ、美しいノーミスを評価すべきだというなら、もはや同じように考える人たちの輪の中でやっていくしかない。それはかつて私も通った道である。

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