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2015年9月18日 (金)

ドルアーガの塔との出会いを振り返る

ドルアーガの塔と出会ったのは中学のときだった。
当時私は同じ中学の先輩と少林寺拳法の道場に通っており、稽古の日は夜堂々と外出できたこともあって、たまにサボってはゲームセンターで遊んでいた。

まだテーブル筐体が活躍していた時代。
プレイ料金は1プレイ50円が相場だった。
50円という額は今でこそジャリ銭だが、当時は小遣いが少なかったのでゲームを遊ぶこともそう叶わず、先輩や他の客のプレイを見ている時間のほうが長かった。先輩は最終的にドルアーガの塔をクリアしたが、見ているほうが多かった私はクリアなど夢のまた夢だった。

ある日弟に「ドルアーガの塔のクリアが見たいからやってくれ」とせがまれた。自信は無かったが少しは兄らしいところを見せようと50円玉一個持ってそのゲーセンへ行った。台へ向かうと、ちょうど先客が55面でゲームオーバーになって席を立った直後だった。
最初からクリアする自信は無かったので、迷わず55面からコンティニューさせてもらった。55面で1機ミスし、以降順調だったが58面で宝箱の出し方が分からず2機失い、ついに後がなくなった。

どうにかして宝を出そうと迷路を当てずっぽうに彷徨っていると、そばで見ていた年上のお兄さんが「貸してみな」と声を掛けてきて、座るやサッと宝を出してくれた。その人に礼を言い、勇んで59階へ乗り込むも、結局クリアは叶わなかった。そのときの弟の残念そうな顔をいまだに覚えている。

その後、弟とお金を出しあってファミコンを買った。
一本だけソフトを買うお金があったので「ドルアーガの塔」を選んだ。あのことはもうふっ切れていたが、どうしてもドルアーガの塔がやりたかった。いま思うとせめてファミコン版だけでもクリアしたかった気持ちがあったのかもしれない。

ファミコン版ドルアーガの塔は、先にアーケードを遊んだ身から言うと大変残念な出来だった。
特にグラフィックと音の差は歴然としていた。
アーケード版のクオックスは巨体らしくのっそり動き、見るからに熱そうな炎を吐くのに、ファミコン版のクオックスはせかせかと動き、極太レーザーのようなかっこ悪い炎を吐いた。またハイパーナイトは一目それとは分からない姿で、トレードマークの角も無く、威厳がまるで感じられなかった。

最も残念だったのは57面と60面のイシターのテーマだった。
アーケード版のようなキラキラした美しい音色には程遠いペコポコした音で、このときばかりは大金はたいて買ったファミコンの性能を恨んだ。恨み節が多かったファミコン版だが、エンディングテーマはファミコン版の優しい音色が好きでこちらが気に入っている。

ドルアーガの塔はその後PCエンジン版が発売された。
当然購入したが、キャラクターデザインが馴染めず、キャラが大きくなった代わりに塔が狭くなったためアーケード版の広大さや重厚さが失われていた。これもクリアまでプレイしたが「やはり違う」という思いを拭い去ることは出来なかった。

本当の意味でドルアーガの塔に出会えたのは、プレイステーションのナムコミュージアムVol.3収録の同作品だった。もっとも当時はクリアできる技量は無かったので、軽く遊びつつ好きな曲をサウンドテストで聴く程度だった。
ナムコミュージアム版を1コインクリアしたのは8年前だった。
残機0での際どいクリアだった。57面に辿り着いたときは自力でここまで来れたことに感動し、最後ドルアーガと戦った直後は緊張のあまり手とコントローラが汗でびっしょりになった。

現在1コインクリアは当たり前になり、スコアアタックに重点を置くようになった。スコアアタックはドルアーガの塔の違う一面が見られ、クリア狙いとは違った面白さが得られたが、反面1コインクリアを目指していた当時の“未知への憧れ”や感動は消えうせた。そしてギルは囚われの巫女を助けに行く勇敢な騎士から単なる記号へ成り果てた。

だが感動は消えても思い出が消えることは無い。
感動を失ってもギルが単なる記号になっても、馴れ初めを振り返ればもう一度あの頃に戻れる。ドルアーガの塔は過去も現在も未来も私のなかで輝きを放ち続けるのだ。

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