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2013年4月29日 (月)

木戸・竜田駅・金山隧道再訪 - GW撮影旅行その2 -

前回(GW撮影旅行1 - 磐越東線 夏井千本桜 -)からのつづき。

きっかけは、たまたまどこかのサイトで「竜田駅まで立ち入りできるようになった」と知ったことだった。

「竜田駅に行けるなら金山隧道にも行けるのではないか」

そう考えるのは当然な流れで、さっそく福島県の道路総室規制状況等から情報を辿ると、隧道付近まで行けそうなことは判明したが、
決め手が得られない。そこで震災以降に金山隧道を探訪した廃線マニアのサイトを探したがこれも見つからなかった。

ならば自分で確かめるしかない。そういう結論になった。



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常磐自動車道を広野I.Cで下車。
なお2013年5月現在、広野I.Cから終点常磐富岡I.Cまでの間は、災害通行止め規制により通行できなくなっている。




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一部の交差点には警察車両が停まっていた。

GWにこんな所へ来るのは自分だけだと思っていたのに、
常磐道にしてもこの付近にしても、そこそこ車が走っていた。ナンバーを見ると他県ナンバーが多く、運転者は私のようなおっさんから興味本位っぽい男グループなど、いかにもなメンツばかりだった。

私もそのうちの一人だといえばそうだが、決してにわかではなく、この地はかつて列車や車で何度か訪れ、その思い出を引っさげて再訪していることだけは強く念を押しておきたい。




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常磐線木戸駅。
2013年5月現在、東日本大震災の影響により、列車の運行ならびに駅窓口業務は休止している。

ただし2012年8月の避難指示解除準備区域移行(立ち入り可、宿泊禁止)により、木戸駅と竜田駅に立ち入れるようになった。




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駅の入口とトイレには板が打ち付けられ、中には入れなかった。
ポストは使用できないようにビニール袋が巻かれている。




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子供の頃、休みになると亘理の田舎に帰るのが恒例だった。

年に1度は私と2歳下の弟の二人で帰郷させてもらえた。これが私たちにとって親の監視から放たれて旅行できる最高の楽しみだった。(後で聞いたらお金の問題でそうするしかなかったらしい)
帰郷はもっぱら東北本線(はつかり)と常磐線(ひたち)で、一度だけ東京駅の八重洲口から夜行バスで帰ったことがあった。

私は当時地元だった西武池袋線と帰郷するときに利用した東北本線、そして常磐線の駅名を始発駅からすべて暗記しており、常日頃時刻表を眺めては学習(?)を怠らなかった。

…だから木戸駅は知っている。
広野→木戸→竜田→富岡……これらの駅名をスラスラ言えるのは当然だったし、それを人には言えない自慢にしていた。




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駅のそばの踏切から竜田方を眺めて。
いつかこの草が払われ、レールに再び輝きが戻ると信じている。

常磐線で帰郷するとき、一つだけ気に入らないことがあった。
それは茨城北部から特急列車の停車駅がやたらと増えることだった。

後で知ったのだが、いわき以北は(一部を除いて)単線になるため、運行本数や交換などの都合上、特急列車といえども停車駅を増やさざるを得なかったそうだが、そんなことなど知らなかった当時の私は、「特急のくせに」と情けなく思っていたし、はつかり擁する東北本線に比べ、常磐線は格下という印象を否めず、その点だけが残念でたまらなかった。




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除染作業中の車と作業員たち。
こうした地道な仕事がやがて復興に繋がるのだと思いたい。




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竜田駅。車で向かっているとき、ずっと胸がドキドキしていた。

まさかもう一度来れるとは思わなかった。
もう二度と立ち入れないと思っていたのに…




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立て掛けられた看板が震災当時のままなのが痛ましい。

もし震災が起こらなかったら、2年前の3月と4月にクレヨンしんちゃんがいわきに来ていたはずだった。一度止まった時間を振り返る意味においても、後年歴史を振り返る意味においても、この看板はできればこのままにしておいて欲しいと願う。




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荒らされた駅前の自販機。

今年のGWは避難指示解除準備区域などでの宿泊が特例で認められたこともあり、「戸締りに十分気をつけるように」との町内放送がしきりに流れていたのが印象的だった。




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竜田駅の駐輪場。
ここも震災当時のままかと思いきや、駅の水洗トイレは普通に使えた。

もしかしたら復興に携わる人たちや、特例で泊まりに帰っている人たちのために一部の施設は機能しているのかもしれない。




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竜田駅そばの龍田神社。石灯籠が無残に倒れている。

そういえば神社の賽銭箱にお賽銭を入れるとき、以前は願い事を念じていたものだが、最近は考えが変わり、平穏無事に生きていられることへの感謝を報告するようになった。

「震災後も通常通り生活していること」
「こうして無事に旅行できること」

お賽銭にそれらの感謝の気持ちを込めて次の目的地を目指した。




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金山隧道近くの墓場。

廃線マニアには「例の墓場」で通じる場所だが、一応書くとお墓の住所は福島県双葉郡楢葉町井出萩平。この住所を地図サイトの検索マスにペーストして部分図を表示し、そのまま線路際に移動すると線路の西側に細いY字路があるので、このY字路の交点のすぐ左上がお墓のある場所。

念のためもっと確実に分かる方法を紹介しておく。

■国土地理院の地図サイト電子国土ポータルに行き、プラグインをインストールするなりして地図を見られる環境にする。

■地図が表示できるようになったら「座標を指定」のマスに「37.28893611,140.99885417」の数字をペーストし、移動ボタンを押す。

■その状態から画面右上の拡大縮小アイコン(虫眼鏡のアイコン)をクリックし、中心をクリックしながら地図を拡大する。(マウスのスクロールボタンを使って拡大すると中心の位置がずれてしまうので注意)

■拡大していくと丄(墓のマーク)が確認できる。そこがお墓の位置。

お墓からは線路脇の雑草地を北に進む。




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これが線路脇の雑草地。近づくと道だとはっきり分かる。

ちなみに脇の現在線は列車が走っていないので線路の上を歩くことは可能だが、廃線探索によって生じた結果はすべて自己責任であり、この趣味自体“暗黙の了解”の上に成り立っているので、線路の上を歩くことは当然ここではお薦めしない。




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線路沿いを進むと現在線(休止中)の金山トンネルに行き着く。
ここを左に折れてちょっとした藪を進むと“あの場所”にたどり着く。




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まさか再び来れるとは…
隧道と社紋を再び目にしたとき思わず胸がいっぱいになった。




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最初にここを訪れたのは4年前(記事はこちら)。
6月の雨の日、当時一緒に廃線歩きをしていたgamiさんと来た。当時もこの隧道の入口を見たとき、すごい衝撃を受けた。

震災後の荒廃を心配していたが、隧道入口までは4年前と何ら変わらず、軍手と長靴だけで充分事が足りた。




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ここを再訪したのは、当時のへっぽこコンデジではなく、ローンを組んでまで購入したD700で美しく撮影することが主な目的である。

…たしかに綺麗には写るが、フラッシュを炊いたりWeb用に加工するとD700のアドバンテージが薄れるのが気に入らない。本当に気合を入れて撮るなら三脚持参で長時間露光するしか無いと思う。




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上はホワイトバランス「オート」で撮影したもの。下は「高演色蛍光灯」で撮影したものを若干調整したもの。

隧道内が明るければ上とほぼ同じように見えるはずだが、実際は下のほうが見た目に近い。つまりより不気味に見える。

隧道内は怖さによる増幅効果も加わり、とても寒く感じる。




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怖いのでそこそこまで進んで引き返すことにした。

外の明かりが見えるようになると、とても心強く感じる。ホラー映画では、この辺まで来ると背後の暗闇から這いずる音が聞こえ、出口に近づくにつれて背後の音と息遣いが近づいてくるのが定番だ。

そんなことを考えながら出口に向かっていたので本当に怖かった。




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と言いつつ、被写体を見ると撮影に没頭してしまう。
まるで生命が水と光を求めて生きながらえようとしている姿に見える。




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不気味なので出ようと思ったが、出口からすばらしい青空が見えた。

絶望から這い上がった感じを写真にすると、こんな感じになるのかなと思いながらも、構図が甘いのか、しっくり来ない。




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旧日本鉄道の立派な社紋。
ここにはもう二度と来れないと思っていたのに再び来ることができた。

全国には私と同じく、もう二度と来れないと思っている廃線ファンがいるかもしれない。そんな人たちがここにたどり着き、金山隧道を再訪するきっかけを持ってくれたら、私としても嬉しい。

次回は「GW撮影旅行3 -真岡鉄道撮影など -」です。

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コメント

こんばんわ。
以前自分のブログにコメントをいただきましてありがとうございました。
またお返事が遅れて申し訳ございません。

常磐線不通区間及び金山隧道の再訪のブログ大変興味深く見させていただきました。
私は金山隧道及び常磐線旧線の隧道群には震災のおよそ4カ月くらい前に訪問しており、震災後それらの隧道が無事なのかどうかずっと気になっておりましたが、無事そうで何よりでした・・・。

私自身も今年の12月くらいに金山隧道及びいわき市周辺を再訪したいと思っており、大変参考にさせて頂きました。

shigeさんも各地の鉄道関連の場所を訪問されているようですので、お体には十分気を付けてください。

これからもお互い頑張って?各地の鉄道関連の場所を訪問しましょう!

投稿: 世界のサトアツ | 2013年5月26日 (日) 20時09分

こちらでははじめまして。

金山隧道に再訪した際、震災後なので隧道が無事な姿で残っているとは思っていなかったし、隧道への道も藪などが酷かったり蛇や害虫が溢れかえっていたらどうしようと心配していましたが、震災前とほぼ変わらない環境を維持していて改めて感心させられました。

12月再訪予定ですか。良い時期を選びましたね。
ちなみにご存知かもしれませんが、隧道付近の放射能濃度は「1μシーベルト/時間」程度です。もちろん人体には全く問題ありません。しかも竜田駅やそれ以南にいたっては無視できる値です。

福島も、もう少し風評被害が少なくなって欲しいなぁ…という思いです。

投稿: shige | 2013年5月28日 (火) 21時20分

じぇじぇじぇじぇじぇじぇ~!!
ま、マジですか!!
金山隧道行けるんですね!!
知らなかった~!!
もう生きてるうちには行けないと思ってました~。

初めまして。岩手在住ちゃぐと申します。
「金山隧道に行けるのか」の検索で、貴殿のブログにたどり着きました。今頃・・・(笑)
保線用道路が草ぼーぼーになっている風景を見て、改めて原発事故からの月日の流れを感じてしまいました。

私は金山隧道超大好き人間でして、一時期いわきに住んでいたもので、何度も通いました。しかも、動輪の紋章があるいわき方より、地味な富岡方抗口にとりつかれた変態オヤジです(笑)

あ~行きたい!!
ビックな情報ありがとうございました。

投稿: ちゃぐ | 2013年10月19日 (土) 23時19分

はじめまして、コメントありがとうございます。

私も隧道はおろか、竜田駅すらもう行けないと思っていました。
おっしゃるとおり保線用通路や隧道回りは草が増えていました。ただ、これから草が枯れていくので再訪にはうってつけでしょうね。

岩手からだとかなり遠いですが、ぜひまた再訪してみてください。

投稿: shige | 2013年10月20日 (日) 09時24分

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